口にほおりこむと、ふわっとした甘さと香ばしさが広がる。かつお節と、わさびを少しといたしょう油につけると、さらにおいしさが増す。
蕎麦の香りの向こうに、ふと幼い日の私と台所に立つ母の姿がよぎる。私が3つのとき父が戦死し、女手ひとつで3人の子どもを育ててくれた母。簡単につくれて栄養いっぱいのそばがきは、よく食卓にのぼった。甘いお菓子など手に入らない時代だったから、そばがきに砂糖をまぶし、あぶって食べさせてくれたこともあった。母と姉と弟と私。貧しかったけれど、家族の幸せな記憶がこの味に詰まっている。
料理は単純なほど難しい。そばがきの調理法は、そば粉に湯を加え、それをこねて団子状にするだけ。ごまかしが利かないのだ。「手に職をつけろ」と母に促され、この世界に飛び込んで40年あまり。母のそばがきは、食材を生かすことが料理の基本だと私に教えてくれた。
心のよりどころである故郷、そして母の思い出につながるこの味は、料理人としての原点だ。このあったかい味を求めて、食に対して真摯な気持ちで臨んでいきたい。これからもずっと…。
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●撮影協力 更科 田中庵
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住/鹿児島市中央町24の16
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