1950年の夏、奄美大島の小・中・高校生30人が沖縄の米軍基地を親善訪問することになり、当時中学3年生の私もその一員として那覇市で2週間過ごした。照りつける太陽を浴びながら連日各地をめぐってミニ学芸会を披露したり、米軍の高官らしき方々と通訳を介して交流を行った。
1週間が過ぎたころ、私たちの元に待ちわびた家族からの手紙や小包が届いた。急いで開けてみると、お茶缶いっぱいにブタ味噌が詰まっていた。そして「あなたの大好きな三枚肉をたくさん入れました。お友達にも分けて、元気に過ごしてください」と添え書きがあった。まだまだ食べ物も十分にはない時代、これが母の精いっぱいの贈り物だったと思う。私は開会のあいさつを英語でするという役割もあって精神的にかなり緊張していた日々を過ごしていたが、この日以来、食欲も出てすっかり元気になった。
あれから半世紀余が過ぎ、母はもうこの世にはいないが、わが家では今、私流にアレンジした黒ブタ味噌が常備菜としていつも食卓にある。とりわけ夫の晩酌の仕上げには欠かせない一品で、そのくつろぎのひととき、ふと遠い日の出来事を懐かしく思い起こすのである。
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●撮影協力 奄美郷土料理「群倉」
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住/鹿児島市山之口町9−30
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