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第六垂水丸遭難 救助の恩人と66年ぶりの再会 堺の田中さん
(2010 03/15 10:15)
念願の再会を果たし喜び合う田中美代子さんと木佐貫正春さん=13日午後、宮崎県三股町
 1944(昭和19)年2月、垂水沖で沈没し約500人が犠牲になった「第六垂水丸」遭難事故で、救助された垂水市出身で堺市の田中美代子さん(66)と、救助した宮崎県三股町の木佐貫正春さん(87)が13日、事故から66年ぶりに再会を果たした。当時、田中さんは生後55日の赤ちゃん、木佐貫さんは海軍兵。二人は「まさかお互い生きて会えるなんて。奇跡です」と涙を流し抱き合った。
 田中さんは母親に抱かれ乗船したが、出港後間もなく沈没。出征兵の見送りに来ていた木佐貫さんは小舟で救助へ向かい、舟のそばに浮かび上がった赤ちゃんを引き揚げた。その後、木佐貫さんは北海道へ転属し、互いの消息は分からなくなっていた。
 今年に入り、田中さんが「命の恩人」として大事にしていた木佐貫さんの写真裏に住所などが記されていることが分かり、これを手がかりに居場所が判明。田中さんは足を患っているが「一日も早く会いたい」と帰省した。
 この日は木佐貫さんが住む三股町で再会。田中さんは「戦死されたと思って、写真を仏壇に飾って毎日手を合わせてきた。生きていると知ったときは言葉が出なかった」。木佐貫さんは「あなたも栄養がない時代をよくぞ生き抜いてこられた。あのときは男か女か分からなかったが、立派に成長された姿が見られ、米寿のいいお祝いになった」と、生存していることを確かめるように手を握った。
 田中さんの姉3人も同席し、「妹を救ってくれた恩人。木佐貫さんの名前は忘れたことはなかった」と目を潤ませた。田中さんが「生きている限り手紙を書きます」と伝えると、木佐貫さんは「長生きをせんとな」と笑い、次の再会を誓った。
 
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