曽木の滝公園計画
昭和30年6月、大口市の曽木の滝。当時の紙面によると、大口市と同観光協会が国立公園にする計画を立てており、「このほど児童公園や植物園、ホテル、展望所などを盛り込んだ“新曽木の滝公園”の建設設計書が完成した」と報じている。
南日本新聞に掲載された過去の写真を紹介するコーナーです。
4、5月のテーマは「北薩・伊佐地区」。 「懐かしい〜」「思い出す…」などの感想があれば、各写真のコメント欄にお書きください。 (原則月曜日に追加更新。ご意見、ご要望はこちらへ)
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2008年5月12日(月) 更新曽木の滝公園計画昭和30年6月、大口市の曽木の滝。当時の紙面によると、大口市と同観光協会が国立公園にする計画を立てており、「このほど児童公園や植物園、ホテル、展望所などを盛り込んだ“新曽木の滝公園”の建設設計書が完成した」と報じている。 曽木大橋渡りぞめ昭和37年4月、大口市曽木の滝に完成した曽木大橋の渡りぞめ。「完工式と曽木の滝神社春祭りが開かれ、完成した曽木大橋を見ようと、どっと人がおしかけ、曽木の滝公園はじまっていらいの人出となった」と紙面で報じている。 大口市の八坂通り昭和35年、大口市の八坂通り。紙面では「道路舗装工事がこのほど完工。大口市の目抜き通りにあたり、商工業者の喜びは大きい。延長百四十三メートル。これで同市の中心街の舗装は八分通り完成をみた」と報じている。 2008年5月5日(月) 更新馬ゾリ活躍昭和38年2月、大口市山神で材木を運ぶ馬ゾリ。「真っ白なスロープを勢いよくすべる馬ゾリ。馬のはく白い息。どうみてもここが南国鹿児島とはとても思えない風景」と当時の紙面で取り上げている。 大口小校庭昭和38年、大口市の大口小校庭。当時の紙面によると、江戸末期、伊佐地区初の寺子屋教育が行われた学舎・広業館があった場所で、郷中の青年に漢学と武芸を教えた。明治5年に学制が敷かれ大口小学校として発足した、と伝えている。 18 queries. 0.081 sec. ![]() 新聞社合同サイト
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