笑っちゃおうぜの精神で 「心の支えになるエンターテインメントは不要不急ではない」

芸人 松元ヒロ
 2021/03/11 04:30
 舞台に一人立ち、政治や社会を笑いで切る。テレビへの出演はほとんどないが、チケットは全国どこでも入手困難。すぐに完売となる人気を誇る。

 「皆さん、飛沫(ひまつ)を飛ばさないように、マスクは外さず、あまり笑わないでください。私もできるだけ笑わせないようにします」-。古里鹿児島市で2月初旬にあったソロライブ。新型コロナウイルス下で半数に制限された観客席がどっと沸いた。

 権力に対する舌鋒(ぜっぽう)鋭い批評が真骨頂。「リーダーというのは人の上に立つというより前に立って引っ張っていく人。菅さんは上から目線で下の原稿を読んでいる」「私たちが主権者。代わりに代表をしているのが菅さん。任命拒否しようかと思う。理由は総合的、俯瞰(ふかん)的に見て」

 麻生太郎財務大臣の物まねも十八番だ。「本日は鹿児島の下々の皆さまにお集まりいただきました。コロナ対策では前総理のときに空前絶後の対策をしました。マスク2枚。口を覆うと鼻が出る。だから2枚」。公演3日前に起きた東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長の女性蔑視発言もすぐネタに盛り込んだ。

 「何事にも『笑っちゃおうぜ』の精神でいたい。不安や怒りだけでは絶望してしまう」が信念。自称「あがり症」で「自分はすぐに弱点を見せるからいつの間にか他人の懐に入れる。お客さんと一緒に舞台を作っている感覚がある」

 日本国憲法をリストラ寸前のキャラクターに置き換えた一人芝居「憲法くん」や、パントマイムでその日のニュースや天気予報を伝える「即興マイム」はファンおなじみのネタだ。活動当初からテレビに出なかったわけではない。82年に自身や仲間と立ち上げた「笑パーティー」や、88年結成の「ザ・ニュースペーパー」は、コント集団としてテレビで活躍した。

パントマイムを披露する松元ヒロ=6日、鹿児島市のサンエールかごしま
パントマイムを披露する松元ヒロ=6日、鹿児島市のサンエールかごしま
 「ザ・ニュースペーパー」の誕生はちょうど昭和から平成に元号が替わるときに重なった。そんなとき、“とある高貴な一族”に成りきるコントが人気を集め、テレビ出演が増えた。ただ、政治家をはじめネタへの規制が多かった。「自由に話ができないなら出演しない」と考え、99年の独立後は主戦場を舞台に移した。

 コロナ禍では3カ月ほど活動休止。久しぶりに開いた公演後、拍手が鳴りやまず涙が出た。「心の支えになるエンターテインメントは不要不急ではない」

 ライブはノンストップのマシンガントーク。「しゃべりたくてしょうがない。笑ってもらうことで同じ平和を共有したい。体力を使い切らないと何だか悪い気がするし」と笑う。舞台直後のインタビューでも、40分ほどの取材では話し足りない様子で古里を力一杯鼓舞した。「コロナ禍で我慢が強いられても笑い飛ばしていきましょう」

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 まつもと・ひろ 1952年、鹿児島市出身。鹿児島実業高時代に全国高校駅伝で区間賞。コント集団「笑パーティー」「ニュースペーパー」を立ち上げ、99年独立。自身を追ったKTS鹿児島テレビのドキュメンタリー「テレビで会えない芸人」が昨年5月に放送され、番組は数々の受賞を果たした。