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 16年前の2004年3月、九州新幹線の鹿児島中央-新八代間が開業した。その半年後にはアミュプラザ鹿児島がオープンし、鹿児島市の街並みとともに人の流れも大きく変わった。

 さらに翌年、商業施設ドルフィンポートが開業した。桜島を間近に望む海辺に、低層で木をふんだんに使った建物は親しみやすかった。隣に広がる緑地は開放感に満ち、市民の憩いの場となってイベントのある日は大いににぎわった。

 年末には電飾で彩られ、観光客にも人気だった商業施設は月末で営業を終える。県と運営会社との借地契約が切れるからだ。最後となったイルミネーション「15年のありがとう」の文字に懐かしさがこみ上げた人は多いだろう。

 今後、県は観光拠点として再開発する。富裕層向けの高級ホテルや飲食店を想定しているという。だが、昨今の経済情勢を考えれば、再開発に手を挙げる事業者が出てくるか不透明だ。近隣の天文館の商店主からも不安の声が上がっている。

 一帯はかつて難題に見舞われた。県はスーパーアリーナ構想をぶち上げたが、県民の反発を食らって撤回した経緯がある。鹿児島の街のイメージを象徴する場所だけに関心は高い。

 鹿児島中央駅から海辺までの人の流れをどうつくっていくか。市電を延伸する計画も浮上している。くれぐれも「前の方が良かったね」と言われないよう、じっくり考えたい。