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 瀬戸内町・加計呂麻島の東端に位置する安脚場の高台に上ると、大島海峡を挟んで奄美大島が見渡せる。美しい眺望からは、かつてここに軍事施設がひしめいていたとは想像しにくい。

 旧日本軍は海峡一帯を戦略上の要所と位置づけ、明治時代からさまざまな施設を建設した。安脚場には敵の潜水艦侵入を見張る防備衛所跡や弾薬庫跡などが残り、戦後75年たっても物々しい雰囲気を漂わす。

 奄美大島側の軍施設跡も生々しい。攻撃目標を捉える西古見の観測所跡や、町中心部に近い手安の弾薬庫などが原形をとどめる。1945年3月の大空襲で市街地の家屋は大半が焼失しており、施設の頑丈さが分かる。

 町教育委員会は、教育に生かそうと2014年度から戦争遺跡の調査・発掘を進め、国の史跡指定を目指す。戦争体験者が減る中、地元の戦跡や歴史を知らない若者が増えていると危機感を抱いたからだ。

 学ぶ機会がなければ記憶は風化する。町教委は史跡マップを作り、地元の古仁屋高校に調査への参加を呼び掛けるなど継承活動に取り組む。

 埋蔵文化財担当の鼎(かなえ)丈太郎(じょうたろう)さんは戦争遺跡を「物言わぬ歴史の証人」と表現し、今後ますます重要になると強調する。近代以降の戦争遺跡の調査・発掘は後回しになりがちで、積極的に手掛ける自治体は全国的に少ないという。瀬戸内町の試みが戦争遺跡の活用につながることを願う。