( 8/11 付 )

 うみみずゆあみ。明治中ごろまで「海水浴」はこう読んだ。日差しの下で海に漬かって体に波を当てれば健康になる、と医者が奨励する一種の民間療法だったという。

 大正期には娯楽に変わったことが新聞の連載小説からうかがえる。夏目漱石は「こころ」の冒頭、避暑客でごったがえす鎌倉の海の場面を描いた。谷崎潤一郎の「痴人の愛」には「あたし、何処(どこか)、海水浴へ行きたいなあ」と甘える少女ナオミが登場する。

 これまで過ごした数々の夏、家族や友人と出かけた海の楽しさを思い出す。だが今年は新型コロナウイルス対策として、鹿児島県内の複数の海水浴場が閉鎖され、海辺の風景は一変している。

 遊泳区域が設けられておらず監視員もいない。そんな海で泳ぐのは禁物だ。もし何か起きれば、発見や救助が遅れてしまう。命を守る取り組みが命取りになる始末は避けたい。

 実はレジャーの多様化などを背景に海離れが進んでいる。鹿児島市の磯海水浴場の利用者も1970年代のピーク時は30万人を超えたが、近年は1万人台。今夏の海の“ロックダウン”がますます海から人を遠ざけやしないか気になる。

 むしろ海水浴を再認識するきっかけにしてはどうか。遠くから渡る潮風に吹かれて浜辺を歩くだけでもコロナ下でたまったストレスが軽くなり、リフレッシュできるだろう。先祖が願った健康づくりにもつながる。