( 8/16 付 )

 映画でデビューした渡哲也さんだが、年代によってはテレビの印象が強いだろう。覚えているのは、胸部疾患で途中降板を余儀なくされたNHK大河ドラマ「勝海舟」である。

 二代目尾上松緑さんや中村伸郎さんといった歌舞伎、新劇の重鎮らの中で見せた清新な演技は今も心に残る。当時32歳だった青年はその後も病と闘いを続けながら、アクションを中心に幅広い役柄を演じる名優となる。

 「新人の頃、大スターなのに丁寧に接してくれた」石原裕次郎さんを師と仰ぎ、あまたの誘いを断って経営難の石原プロに入社した。「石原軍団」の大成功は、この人の義理を重んじる姿勢が生んだと言えよう。

 KKB開局翌年の1983年に「西部警察PARTⅢ」のロケで鹿児島を訪れた。エキストラで参加した知人は「失敗しても気にしないで」と笑顔で声を掛けられ、後に軍団が被災地で炊き出しする様子を見る度に感激がよみがえったという。

 87年に裕次郎さんが亡くなると、現役俳優のまま石原プロ社長に就任。大きな重圧の中、91年には直腸がんが見つかる。それでも人工肛門装着を公表し、強い決意が全国のがん患者らを勇気づけた。

 石原プロは来年1月で俳優のマネジメントをやめる。渡さんは今年、清酒のCMで師と合成映像で共演を果たした。78歳。見事に身じまいを終えて、最後まで義理を大切にしたスターが逝った。