( 8/19 付 )

 音楽の授業で歌ったり、テレビのCMに替え歌が使われたり、ベートーベンの数ある楽曲の中で、最も身近な作品の一つだろう。「歓喜の歌」と呼ばれる合唱付きの交響曲「第九」である。

 年末になると全国各地で演奏会が開かれる。戦後、赤字に苦しんでいたオーケストラが、正月の餅代を稼ぐために始めたという説もある。音楽史に残る傑作が、これほどまで庶民の暮らしに深く入り込んでいるのは日本だけらしい。

 聴くだけでなく、自ら歌う人たちも増えている。鹿児島でも35年前に「かごしま県民第九演奏会」が産声を上げた。昨年末の公演では、10代から90代まで320人の合唱団が喜びの歌を響かせた。

 第九のタクトを200回以上振った経験がある指揮者の佐渡裕さんによると、誰もが口ずさめるメロディーだが、歌うとなると難しいそうだ。苦労を乗り越えて得られる一体感が何ものにも代えがたいのだろう。

 今年の県民第九は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために中止が決まった。舞台に立つことを楽しみにしていた人はもちろん、あの胸の高鳴りを味わえないのは寂しい。

 ベルリンの壁崩壊、東日本大震災の復興支援。歴史に刻まれるさまざまな場面で、第九は人々を励まし、勇気づけてきた。世界を分断するウイルスへの不安から解放され、歓喜のハーモニーがホールいっぱいに響く日を心待ちにしよう。