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 薩摩川内市にルーツを持つ山口長男(たけお)=1902~83年=は日本抽象絵画の先駆者と呼ばれた。作品が縦横間違って展示された逸話が残る。

 後期の作品群は2色だけで構成された。黒く塗り込まれた地に、黄土色もしくは赤茶色の長方形が組み合わされた構図も異色だ。一つの色が画面全体をほぼ覆う作品もある。確かに難解だが、その「形」の存在感は人を引きつけてやまない。

 後に親交を結ぶ作家・椋鳩十は56年にニューヨーク近代美術館で山口の絵を見て、鹿児島ゆかりの国際的な画家の存在を知った。居並ぶ外国人作家の作品を圧倒していたという(池島充著「山口長男 終わりのないかたち」)。

 66年に完成した川内文化ホールの緞帳(どんちょう)は、山口がデザインを手掛けた。父親の出身地から依頼があったのはホール開館の4カ月前。厳しい時間的制約の中で、何度も当局とやり取りしながら原画を完成させた。

 「総親和と躍進」と題された緞帳は、緊張感あふれる当時の作風とは対照的に、おおらかな構図で色調も明るい。川内に強い愛着を持ち、繁栄を願う気持ちがうかがえる。

 ホールは本年度で閉館するが、市は市民の要望を受けて、緞帳を保存する方針を決めた。幅19メートル、縦9メートルで重さは750キロもあり、補強や運搬に費用がかかる。だが、現代芸術史に名を残す山口の最大の“作品”はよそでは得られない宝物であり続ける。