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 ドンとテーブルをたたいて「出てください。構わないですよ」。「それでは出ましょう」と応じる新聞記者らをにらむ目は、歌舞伎役者に例えられた通りぎょろりと鋭い。

 1972年6月、首相退陣を表明した佐藤栄作氏は、ひとりテレビカメラに向かって話した。会見前に行き違いがあったらしいが、7年8カ月の長期政権に幕を引くに当たり「国民に直接話したい」とこだわった。

 きのう、辞意を表明した安倍晋三首相の胸中はどうだったろう。連続在職日数が大叔父である佐藤氏の記録を抜き歴代最長となってわずか4日後である。記者会見では「国民の負託に自信を持って応えられない」と唇をかみしめた。

 第1次政権は戦後生まれで初、当時52歳と戦後最年少の首相就任だった。1年足らずで退陣したが、約5年半後に政権を奪還すると第2次政権では「アベノミクス」を掲げ経済を最優先、国政選挙6連勝もあって「安倍1強」と言われた安定政権を築いた。

 思えば、キーワードの多い政権である。「地方創生」「1億総活躍」「女性活躍」といった看板政策を次々に掛け替え、「モリカケ」「桜を見る会」などの不祥事にはもやもやが残る。

 新型コロナ対応で主導力が求められる中、体調悪化で再び任期途中で退陣するのは無念だろう。最長にふさわしい政治的遺産がないと批判もあろうが、記憶に残る政権には違いない。