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 5000人を超える犠牲者を出した1959(昭和34)年の伊勢湾台風は、防災行政の在り方を見直すきっかけになった。地域ごとにきめ細かな対応をとる方向にかじが切られ、災害対策基本法の制定につながった。

 先週の金曜日、鹿児島市内のホームセンターではテープやロープを買い求める人の列ができたそうだ。「伊勢湾並み」の触れ込みで九州南部をうかがう台風10号に備え、家周りの補強をこれまでにないほど念入りにした家庭も多かっただろう。

 強い勢力だけでなく、薩摩半島の西側を進むコースも気掛かりだった。伊勢湾台風の8年前に旧串木野市付近に上陸し、県内で死者・不明者209人を出した「ルース台風」が頭をかすめた人もいたのではないか。

 十島村と三島村は、200人を超す住民を県本土にいち早く集団避難させた。自衛隊の大型ヘリが投入された初の“大輸送作戦”は、大げさとは思えなかった。ホテルも村が用意し、離れて暮らす家族は安心だったに違いない。

 「命を守るために早めの対策を」。気象庁は、異例の2日連続となる臨時の記者会見を開き、最大級の警戒を呼び掛けた。住民や自治体の迅速な行動を後押ししたともいえそうだ。

 ルース台風が上陸したのは10月14日で油断はできない。予想されるリスクに対して大きく構え、空振りを覚悟で避難する-。災害から命を守る鉄則を胸に刻みたい。