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 大相撲秋場所が終盤を迎える中、龍郷町と瀬戸内町の役場前には、それぞれの出身力士・大奄美と明生を応援するのぼりが立つ。本場所恒例となった光景は、相撲の盛んな奄美らしさを感じさせる。

 各地の豊年祭では幼児から大人までまわしを着けて土俵に上がる。奄美の妖怪ケンムンは相撲好きだし、伝説の野人(やじん)・野茶坊(やちゃぼう)も子どもと相撲を取る人気者と伝わる。行事や言い伝えを通じて、子どもたちは相撲に興味を持ち、多数の力士を輩出する土壌を育んできたのだろう。

 そんな土地柄の奄美大島には集落ごとに立派な土俵がある。「日本一土俵の多い島」とも称され、その数は120以上に上る。

 調査した奄美博物館によると、数の多さには国体が関わっている。1953(昭和28)年、奄美群島が日本に復帰すると、地元から国体選手を送りだそうという機運が高まった。それに合わせ、祭りの度に手作りしていた土俵が常設に生まれ変わった。

 新型コロナウイルスの影響で延期された鹿児島国体の2023年開催が決まった。相撲は当初通り奄美市で行われる見込みだ。関係者はほっと胸をなで下ろしていることだろう。

 奄美大島は72年の太陽国体で会場にならなかっただけに島民の期待は高い。選手らの活躍が刺激となって将来、大奄美や明生のように国技館を沸かせる力士が再び奄美の地から-。3年後が早くも待ち遠しい。