( 10/15 付 )

 日中はまだ夏日が続くが、朝方の涼しさは秋の深まりを感じさせる。昔なら、行水で汗を流していた暑がりも、たらいをしまう頃だろう。「行水名残」は、そんな時分の季語である。

 俳人の夏井いつきさんは「絶滅危急季語辞典」で、この言葉を取り上げている。シャワーの普及した現代、行水で涼をとる習慣のある人はなかなかいない。暮らしに密着した言葉ではなくなり、生き残るのは難しそうだ。

 季語に限らず、使われなくなった言葉はいずれ忘れ去られていく。方言もそうだろう。鹿児島方言文化協会など3団体が県内の児童生徒や社会人計約7000人に実施したアンケート結果からは、伝承の厳しい現実がうかがえる。

 頭を意味する「びんた」を知っている小学生は3割強にとどまった。「とぜんね」(寂しい)は2割弱しか理解できなかった。小中高生の55%が「保護者が方言を話さない」と回答しているから、無理もあるまい。

 ただ、方言のイメージについて全体の63%が「良い」と答えた。理由に「面白い」を選んだ若い世代が多かったのはうれしい。夏井さんが、不思議な言葉への好奇心は日本語を慈しむ心でもあると説くように、伝承への希望をつなぐ。

 子どもたちが鹿児島弁を面白がりながら、時々使ってくれれば忘れられることはない。同じ方言を話す者同士の親近感がなくなる未来は、あまりにも“とぜんね”。