( 10/27 付 )

 「学校に来たくないのなら来なくてもいい」。元文部科学省官僚の寺脇研さんは広島県教育長だった25年以上前、不登校の子どもたちにこう呼び掛けた。

 真意はこうだった。「学校に行くことは目的ではなく、自己実現のための一つの手段であり、学校に行かないこともまた一つの手段」。不登校が登校拒否と呼ばれていたころ、学校に通わない権利も保障するという考え方は波紋を呼んだ。

 フリースクールや家庭など学校以外でも学べる環境づくりの重要性を初めてうたった「教育機会確保法」が3年前に施行された。学校に行けない子どもには休養が必要という認識も広がりつつある。

 鹿児島県内の公立学校で昨年度、不登校になった児童生徒は2700人を超え、過去最多となった。不登校が「一つの手段」として受け入れられていればいいが、どうだろうか。

 「学校に通えない理由が自分でも分からなかった」。不登校を経験した女子高校生の話が本紙で紹介されていた。「学校に行くのが当たり前」という根強い価値観が無言のプレッシャーになっている子どもは今も少なくないのではないか。

 「無理に学校に来なくていい」という担任の言葉が別室登校に踏み出すきっかけとなったそうだ。「やらなければ」と思えば思うほど体や気持ちがついていかなくなることは大人でも経験する。レールの上を無理に歩かなくてもいい。