( 10/29 付 )

 「君たちとはしょせん同じ地平に立てない」。25年ほど前に那覇市であった新聞記者の研修会で、講師を務めた芥川賞作家の目取真(めどるま)俊さんが言い放った。

 記者たちが口々に「基地問題に苦しむ沖縄県民の心に寄り添いたい」などと語るのに対し、取りつく島もない物言いである。驚いたが、半日学んだくらいで分かった気になってくれるなよ、という警告だったのだろう。

 沖縄に住み、沖縄を描く芥川賞作家として目取真さんの先輩に当たるのが大城立裕さんだ。南日本文学賞の選考委員を11年間務めた。基地反対運動にも加わる行動派の目取真さんと対照的に穏やかな物腰が印象に残る。

 だが、1950年代に発表した「棒兵隊」では、戦時中の沖縄人召集兵たちへの差別を描いた。本土復帰に向けた祝賀ムードが広がっても、日本に同化する違和感を隠さず作品に投影させた。

 薩摩藩から植民地同様に扱われ、明治政府からは一方的に王国を廃止され、太平洋戦争末期は本土防衛の捨て石とされた。今も在日米軍専用施設の7割が沖縄に集中する。歴史の節目ごとに強権を振るい、犠牲を押し付けてきたのが沖縄から見た本土の人間の姿だ。

 67年の芥川賞受賞作「カクテル・パーティー」は、高校生の娘が米兵に乱暴された父親の内面がつぶさに描かれる。作品が古びないという評価に複雑な思いを抱いたまま、95歳の生涯を閉じた。