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 奄美市の奄美博物館長を務め、4年前に亡くなった中山清美さんは「島全体を博物館と捉え、それを生かす工夫をしないといけない」が持論だった。足元の歴史や伝統文化を「宝」として掘り起こす「シマ(集落)学」を提唱した。

 島内各地の公民館講座で講師を務める一方、古老から昔の暮らしなどの聞き取りに力を入れた。母校の大島北高校に呼び掛け、若い世代への継承にも努めた。

 同校の「聞き書きサークル」は発足から6年。中山さんの遺志を受け継ぎ、生徒たちは毎年夏休みに地域のお年寄りを訪ねて話を聞き、冊子にまとめている。録音をし、書き起こすのは骨が折れる。

 これまでに作成した6冊には約80人の話を収める。奄美の妖怪ケンムンをはじめ、シマごとに違う方言、食糧難に食べたナリ(ソテツ)がゆの味など実に多彩だ。

 先日、代表7人が奄美図書館で成果を発表した。75年前、地元の小学校が米軍機の攻撃を受け、防空壕(ごう)では40人が犠牲になった事実を知った生徒らは「戦争が現実感をもって迫ってきた」と口をそろえた。教科書に載らない地域の戦史に触れ、貴重な学びになったに違いない。

 聞き取りをした感想を尋ねると、粘り強く質問して逸話を引き出したことに手応えを感じ、方言の習得に意欲的になった生徒もいた。泉下の中山さんはシマ学を糧に成長する後輩の姿に目を細めていることだろう。