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 出水地区に戦国時代から伝わる弓道の「薩摩日置(へき)流」に鳴弦(めいげん)の儀という儀式がある。熟練の射手が古式ゆかしく大的を射る。出陣の際に武運長久を祈るほか、慶事にも執り行われてきた。

 修業を積んだ者が矢を放つ時、甲高く澄んだ音で「カンッ」と弦が鳴り、道場のぴりっと張り詰めた空気を震わせる。弓道家ならずとも背筋が伸びる。この音が邪気を払うと信じられてきたのにも納得がいく。

 弦音(つるね)に限らず、日本人は弓矢に特別な力を感じてきたようだ。正月、家内安全や子どもの健やかな成長を願って神社で破魔矢を求めるのもその表れだろう。世界中が厄介な病原体に悩まされている今、その力に頼りたい縁起物である。

 ただ来年の初詣の風景は例年と異なりそうだ。鹿児島市の照国神社は、丑(うし)年の破魔矢やお守りを来月1日から取り扱うという。全国の多くの神社と同様、新型コロナ対策で参拝時期の分散化を促す。

 特に年内の神社参りを「幸先詣(さいさきもうで)」と呼んで推奨する。人波が境内を埋め尽くす新年の風物詩は、密集、密接の姿そのものだ。邪気を払いに行ったつもりがウイルスをもらって帰ることにもなりかねない。

 師走に初詣とは実感が湧かないが、新年の幸を先取りする新しい生活様式と思えばいい。正月の神社の空気を吸いたいという向きも、三が日はできるだけ避けた方が無難だろう。神様はきっと分かってくれる。