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 伊佐市の羽月西小学校の渡り廊下には、毎年冬になると干し柿が並んだ。東日本大震災の翌年から始めた「干し柿プロジェクト」で、被災地の高齢者へ贈るクリスマスプレゼントだ。

 元々は校区のあちこちに放置されていた渋柿の活用策だった。住民らも快く賛同し、皮むきや煮沸、糸へのくくりつけなど手助けした。復興支援のため市が職員を派遣している縁で、宮城県南三陸町にメッセージを添えて届けてきた。

 残念ながら今年はコロナ禍で中止された。多くの住民が集まる作業は3密になりがちで、お年寄りが直接口にする食べ物であることにも配慮した。感染予防のためとはいえ、児童らは心残りだっただろう。

 来年3月で震災から10年の節目となり、市の職員派遣は本年度で終わる。歩調を合わせ、干し柿プロジェクトも幕を閉じることが決まった。そんな中、南三陸町の佐藤仁町長らが先日、羽月西小を訪問して児童を喜ばせた。

 全校児童19人が出迎えた歓迎式で、映像を交えながらこれまでの取り組みを紹介した。寒さが厳しい伊佐の冬に、吐息を白く凍らせながら作業する児童の姿を見て、佐藤町長の目には涙が浮かんでいたという。

 身近にできるボランティアを学んだ児童たちは「被災地の人たちの喜ぶ姿が私たちの喜び」と振り返った。干し柿の代わりに、思いやりにあふれる子どもたちの心が今年も届いたはずだ。