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 「土石流で用水路が埋まった」。8月、福岡市の非政府組織「ペシャワール会」に緊急連絡が入った。アフガニスタン東部で局地的な豪雨があり、被災したという。

 すぐ現地の実働組織に土砂のかき出しを指示し、約1週間後には生育期の農作物に送水できた。用水路は同会の現地代表だった故中村哲さんらが手掛けた。大黒柱を失っても「100の診療所より1本の用水路を」の志はしっかり受け継がれているようだ。

 中村さんが凶弾に倒れてきょうで1年になる。作業に向かう途中、武装集団に襲われ運転手ら5人と共に命を落とした。首謀者や実行犯は捕まっておらず、動機は分からないままだ。

 医師としてパキスタンで医療支援を始め、アフガンが干ばつに見舞われると用水路建設に乗り出した。農業支援による平和の実現という信念の下で、自ら重機を操り砂漠に緑を取り戻した。

 現地の人々に「カカ・ムラド」と呼ばれた。「情熱おじさん」を意味する言葉には、遠来の友人への深い尊敬の念も込められていたに違いない。ペシャワール会やアフガン人職員の喪失感が癒えるにはまだ時間が必要だろう。

 現地の治安はなお不安定だ。かつて中村さんは深刻な干ばつが広く知られないことを著書で憂えた。「その無関心自体に私たちの世界の病弊があるような気がしてなりません」。いつまでも胸に刻んでおきたい言葉である。