( 12/5 付 )

 絵の具の匂いが残る放課後の美術室で、進路や家庭の悩みをよく聞いてもらった。中学時代の恩師は決して雄弁なタイプではなかったが、代わりに優しい目で励まし、時には厳しい目で叱咤(しった)してくれた。

 40年ほど前、校内暴力などが問題になっていた頃だったので、生徒指導に奔走していた。名の知られた洋画家だと知ったのは、卒業してからである。東光会など全国の画壇で活躍した岩下国郎さんが亡くなって、もうすぐ1年になる。

 作家として絵に本腰を入れ始めたのは、30代のフランス留学後と決して早くはない。教壇に立つ傍ら、コツコツと描き続けて腕を磨き、南日本美術展などに精力的に出品を続けた。

 人物画の印象が強い。巧みな人物配置や隅々まで神経を行き届かせた背景はもちろんだが、何よりカラフルな色使いが目を引いた。鹿児島短大や鹿児島国際大でも教授を務め、後進を育てながら多くの力作を生みだした。

 岩下さんの父・三四(みつし)さんも郷土の美術界を支えた偉大な画家だった。同窓会の酒席で「最近、父と目が似てきてね」と、仙人のようにたくわえた白いヒゲを触りながら、うれしそうに語っていた姿を思い出す。

 黎明館などであすまで開かれている南日本美術展には、岩下さんの遺作「アフリカンマスク」が特別展示されている。穏やかな表情で椅子に座る自画像は、昔と変わらない優しい目をしていた。