( 12/21 付 )

 「山におしまくられた人びとがかろうじて渚に踏みとどまり、フジツボのように集落して作ったのがこの市だ、というふうに見えてくる」。作家の開高健は、奄美市名瀬の街をこう表現した。

 昭和40年代、名瀬に住む作家島尾敏雄を訪ねた際の描写である。なるほど、背後に迫る険しい山の裾野に家々が立ち並び、海に向かって開けた奄美の集落のたたずまいが目に浮かぶようだ。ガジュマルの木立や高倉といった当時の島の風景も生き生きと書き記している。

 13歳年上の島尾は、開高が無名だったころから作品を発表できるように編集者に口添えするなど目を掛けていた。開高が洋酒メーカー社員の傍ら芥川賞を受け、活躍してからも交流は続いた。

 今年は開高の生誕から90年である。釣り師で食通としても知られ、酒や食に関するエッセーも数多く残した。晩年の丸々と太った体と人懐っこい笑顔を思い出すファンも多いだろう。

 ルポルタージュの名手でもあった。ベトナム戦争では新聞社の臨時特派員として現地に赴き、最前線で反政府ゲリラの機銃掃射を受けた。九死に一生を得た体験は、「ベトナム戦記」などの代表作に結実した。

 「作家は一言半句を求めてさまよい歩く野良犬」と記し、納得のいく言葉を追求した。太平洋戦争末期に特攻隊長として死と向き合い、文学に昇華させた島尾と通じる点があったのかもしれない。