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 鹿児島弁には「若(わこ)おないやしつろ(若くなられたでしょう)」という新年のあいさつがある。数え年で年齢を表した昔は元日で一つ年を重ねるから、若くなるはずはない。ちょっと変わった賀詞である。

 旧暦の1月は春の始まりで、冬の間眠っていた自然の万物が新たな生命力を得て再生する。先人はそんな時季に人も若返れると考え、互いに喜び合っていたとすれば実にめでたく、味わいが深い。

 医師の鎌田實さんの著書「空気なんか、読まない」に印象的な話が出てくる。鎌田さんの親友で作家の戸井十月さんが海外を冒険旅行していた。ある街で高齢のライダーと出会い、あまりに格好良かったから声を掛けた。「まるで少年のようだ」。

 返事が振るっている。「少年になるまでに80年もかかってしまった」。好奇心や行動力を失わず好きなことに熱中して日々を過ごすと、こんなユーモアと余裕に満ちたせりふがさらっと出てくるのか。

 人の老いや死の現場を見つめてきた鎌田さんは、羨望(せんぼう)を込めて「人生は少年から始まって、少年に戻っていくことなのかもしれない」と書く。よわいを積めば相応に身体の不調が出てくる。自信を失って萎縮していては、老け込むばかりだろう。

 時の経過にとらわれない「若さ」の捉え方があってもいい。新春、清新な若々しさを取り戻す願いを込めて「若おないやしつろ」を使ってみようか。