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 奥州藤原氏初代の清衡(きよひら)が、宴席で食べた貝の殻を捨てようとして従者に見とがめられる。殻は夜光貝で、清衡が築いた中尊寺金色堂の螺鈿(らでん)細工にも使われた。価値が高いと教わり納得する-。

 大島高校2年の高橋千那(ちな)さんが創作した物語である。「海の宝」を絵や写真の電子紙芝居で表現する全国コンテストで最優秀賞に輝いた。南西諸島以南に生息し、奄美では身近な貝が国宝の仏堂に利用されていると知り題材に選んだ。

 夜光貝はサザエの仲間で子どもの頭ほどの大きさになり、身はこりこりしている。殻を磨くと真珠層が虹色に光り、アクセサリーの加工体験は観光客らに人気だ。

 輝きは人々を魅了し平安時代は酒杯や贈答品にされた。奄美市の小湊フワガネク遺跡(6~7世紀ごろ)など奄美北部で加工品が大量に出土する。奄美博物館に展示された貝さじは魅入られるほど光沢が美しい。

 高梨修館長によると、奄美で取れた夜光貝が、「金色堂にも使われた」との説が有力になっている。1600キロ離れた岩手県の平泉に誰がどう運んだのか。想像をかき立てられる。

 創作に向けて実験もした。その中で、硬く削りにくい貝殻を食酢で表面を溶かすと加工しやすくなった。温暖化で海の酸性化が進むと貝にも悪影響が及ばないか。興味が湧いた高橋さんは、さらに調べるつもりだ。身近な物から目を広げる若者の姿が頼もしい。