( 1/10 付 )

 あたろうかあたろうよ-。市街地が今ほど立て込んでいなかった昔、童謡「たき火」に歌われた光景は身近にあった。真冬の街角で落ち葉を焼いているのを見掛け、知り合いでもないのに近寄って手のひらを向けた。

 寒風にさらされて冷え切った体が徐々に温まり、何とも言えない幸福感に包まれた。炎は眺めていて飽きない。知らず知らずのうちに、たき火を囲む人々が見入って無口になっていた。

 火を使いこなすことで人類は暖をとり、闇を照らし、調理できるようになった。信仰の対象でもある火への強い関心は、太古から私たちのDNAに脈々と記憶されてきたものだろうか。

 半面、使い方を誤ると命にかかわる危険な存在でもある。今では環境や防火の観点から野焼きが規制され、炎を間近で眺める機会はほとんどない。数少ない例外で新年の風物詩の鬼火たきも今年は中止に追い込まれている。本紙の年末年始予定に掲載された県内各地の鬼火たきの件数は、前年の半分だった。

 大半が新型コロナウイルス感染防止のためだが、薩摩川内市では場所や竹の確保が困難になり昨年で終了した地区があった。そんな中、人手のかかる行事を住民の努力で維持している所もあるのは心強い。

 この連休は鬼火たきを行う地区が多い。コロナ禍が伝統行事の衰退を加速させないためにも、悪疫退散と無病息災の願いをその炎に託したい。