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 江戸時代、佐賀藩は異国船から長崎を警備する役目を担っていた。ところが1808年、「フェートン号事件」が起きる。英国船の出島への侵入を防げなかった。

 圧倒的な西洋の力に危機感を高め、他藩に先駆けて近代技術の獲得に突き進んだというのが通説になっている。だが、歴史家の磯田道史さんの見方はちょっと違う。事件の20年後、佐賀を襲った超大型台風の影響もまた大きかったというのだ。

 災害復旧で財政が破綻状態になり、藩政をゼロから立て直さざるを得なくなった。改革派が主導権を握り、開明的な政治が始まったのだという。天災が新しい社会づくりを促した歴史の一例である。

 阪神大震災からきょうで26年になる。あの朝、空撮映像が伝える神戸の街の様子に息をのんだ。崩れ落ちた高速道路の端に引っ掛かったバスの不安定な姿は、自然の猛威を前に無力な人間の恐怖と不安を象徴しているようにも見えた。

 失われた命を悼み、今も癒えぬ被災者の心の傷に思いをはせたい。同時に震災を機に社会はどう変われたかを振り返り、これからの指針を探る視点も欠かせまい。

 防災意識は確実に高まった。「ボランティア元年」と言われ、多くの市民が活動に参加するようになった。それでもまだ十分ではない。大災害は今後も必ず起こる。つらい経験から新しい社会づくりの光を見いだす心構えを忘れずにいよう。