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 大酒を飲み、癇癪(かんしゃく)を起こして母や子供達に手を上げる父の姿はどこにもなかった-。作家の向田邦子さんは、親元を離れて暮らしていた女学生時代に父親から届いた手紙の思い出を随筆に書いている。

 折り目正しい時候のあいさつに始まり、新しい社宅の間取りや庭の植木の種類などが書かれていたという。「日頃気恥しくて演じられない父親を、手紙の中でやってみたのかも知れない」。手紙をメールに置き換えれば、今でもありそうな話である。

 向田さんの創作の原点ともいえる「父と母」に焦点を当てた企画展が鹿児島市のかごしま近代文学館で開かれている。「寺内貫太郎一家」や「あ・うん」など人気ドラマで描かれた家族の遠景には父・敏雄さんと母・せいさんの姿が浮かぶ。 

 気に入らないことがあるとちゃぶ台をひっくり返したり、もらい物の包みをすぐに開けたがったりする父親も登場する。どちらも暴君でせっかちだった敏雄さんがモデルらしい。

 手紙の中でのぞかせた「威厳と愛情に溢(あふ)れた非の打ち所のない父親」は描かれることはなかったようだ。父親や母親に期待される優等生的な部分よりも、欠点にこそ人間らしさや面白さがある-。展示文の一節に慰められた。

 厄介なウイルスのおかげで親や子どものことを考える時間が増えた気がする。家族のありように思いを巡らす企画展は来月15日まで(火曜休館)。