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 「裸の大将」の愛称で知られる放浪の画家・山下清は九州、特に鹿児島がお気に入りだった。「一番南だから暖かいだろう」と1951年に初めて訪れてから、冬になると毎年のように姿を現した。

 不審者扱いで追い払われることもあった。よれよれの着物の前をはだけ気味で歩いていては、それも仕方あるまい。一方で、有名画家と気付く人もいた。垂水市の川畑弘見さんもその一人だ。65年前のちょうど今の時季、桜島のフェリー乗り場で見かけて声を掛けた。

 垂水に誘うと来てくれた。この時のいきさつは、清の旅行記「日本ぶらりぶらり」にも出てくる。桜島や高隈山をスケッチしながら3週間ほど川畑さんの実家の金物屋で過ごした。

 川畑さんによると、身の回りには頓着しないが、描き始めると人が変わったように没頭した。絵の具を幾重にも塗り、指先を使って白波の動きを緻密に表現する。その根気強さには迫力さえ感じたという。

 寒くなったら南へ。暑いときは涼しい土地へ。気が向いたら絵を描いて、優しい人と出会えれば食事や寝場所の世話になる。風任せの生き方が人を引きつけ、芸術作品を生む力の源泉だったのかもしれない。

 最近、こんな気ままな旅への憧れが募る。コロナ禍で移動がままならない窮屈な日々に、出口が見えないせいか。せめて清の旅行記でも読みながら、頭の中で放浪を楽しむとしよう。