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 <保母さんの鬼にやさしく豆を打つ 長浜軍蔵>。かつて南日俳壇にこんな一句が載った。きょうは節分。あちこちの幼稚園や保育園でほほ笑ましい光景が繰り広げられることだろう。

 最近は、子どもたちを怖がらせないような演出を心掛ける園が増えているという。鬼が登場しない豆まきもあると聞く。鬼のいでたちをした大人が迫真の演技で追い掛け回すのは時代遅れのようだ。

 漫画「鬼滅の刃(やいば)」ブームが続く今年の節分は、こわもての鬼たちが息を吹き返すかもしれない。インターネットの公式サイトでは、登場人物や恐ろしい姿形をした鬼のお面が公開されている。

 妖怪研究の第一人者で国際日本文化研究センター名誉教授の小松和彦さんは「鬼退治の物語がはやるのは時代の裂け目」と本紙で語っていた。近世では幕末・明治期や太平洋戦争中がそうだという。先が見通せない不安の裏返しなのだろう。

 一方、こんな見方はできないか。「鬼滅」に登場する鬼たちは元々人間だったという設定である。人に悪さをする鬼は、人間の隠された本性を映し出しているように思える。小松さんは著書「鬼と日本人」で「鬼とは人間の分身である」と記す。

 鬼に豆を打つのではなく、自分の体に当てて悪い鬼を退治させる幼稚園もあるそうだ。コロナ退散とともに、感染への偏見や差別という人の心に潜む鬼も外へ、と願いを込めよう。