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 「鉄網珊瑚(てつもうさんご)」という言葉がある。鉄の網を海に沈め、着生させたサンゴを採取した異国の故事にちなむ。大変な手間と時間をかけたサンゴの希少価値を表している。

 転じて、優れた人や珍しい品を探し求めることを意味する。奄美の自然を独自の画風で描いて没後に評価された田中一村が17歳の正月に手掛けた絵のタイトルである。千葉市美術館の企画展で展示されている。

 色紙に描かれた作品は、複雑に絡む紅梅の枝を鉄網に、におい立つ梅花をサンゴに見立てたようだ。神童と呼ばれた若者が追い求めた世界が感じられる。この頃は画家としての未来に迷いはなかっただろう。

 だが、20代前半で目指す方向性が支持されずに挫折を味わう。以前は画業の空白期とみられていたが、新資料に基づく研究が進んで筆を折ることなく模索を続けていたことが裏付けられた。

 展覧会は同館がここ10年で寄託や寄贈を受けた全130点を展示する。東京での青少年期と50歳で奄美へ移るまで暮らした千葉時代の作品が多い。松尾知子上席学芸員は「少しずつ画業の隙間が埋まり、奄美への道筋がより細かく見えてきた」と語る。

 一村が没して44年になる。最近も新たな情報が寄せられているという。木の実を中心に、奄美の空と海を対比させた代表作「アダンの海辺」などをものにするまでには、まだ知られていない足跡があるのかもしれない。