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 「まだ誰も、その男の全てを知らない」。いちき串木野市の薩摩藩英国留学生記念館で開かれている村橋久成展のポスターに、気になる一文があった。

 村橋は明治期、サッポロビールの前身となる官営ビール工場を創設するなど、北海道の殖産に大きく貢献した。だが、開拓使に在籍した他の薩摩出身者のように立身栄達することはなかった。突然職を辞して行方知らずとなった11年後、神戸で行き倒れ49年の生涯を閉じた。

 発見時に身に着けていたのはシャツと帯だけだったという記述に胸を突かれる。加治木島津家につながる家柄で英国に留学したエリートに何があったのか。北海道の国鉄マンだった田中和夫さんは村橋の生涯に光を当てた小説「残響」を1982年に出版、功績を世に知らしめた。

 空白の11年間の足跡は不明のままだが、出版後も調査研究を続け、東京に墓があることなど新事実を発掘してきた。度々訪れた鹿児島で彫刻家中村晋也さんと出会い、2005年には札幌に村橋の胸像が建立された。

 記念館では、村橋に心を寄せ続ける人々を追ったドキュメンタリー映像も流れている。北海道久成会が例会や胸像の清掃に取り組むなど、顕彰の思いは予想以上に強かった。

 村橋を主人公にした大河ドラマの誘致運動も進めているという。北と南で連携できれば、秘められた歴史の一コマが明らかになるかもしれない。