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 鹿屋市串良にある平和公園の周辺は桜の名所として知られる。ライトアップが昨夜始まったが、見頃はもう少し先になりそうだ。約千本もの桜が咲きそろえば、さぞかし壮観だろう。

 遅れ気味のつぼみが開く前に、早めに咲いた花が雨や風で散ってしまわなければいい。こうして華やかな光景を待ち望む一方で、思い出す「徒然草」の一節がある。「花は盛りに、月は隈(くま)なきをのみ見るものかは」。

 満開ばかりが花、雲のない満月ばかりが月ではあるまい。ちょっと斜に構えた感じもする兼好法師の美意識も分かる気がする。この言葉を「人の若いときと老いたとき、どちらもそれなりにいい」と読み解いたのが、美術家の篠田桃紅(とうこう)さんだ。

 水墨による抽象絵画で独自の作風を開拓し、世界中のアーティストが集まるニューヨークでも注目された。自作を振り返ったエッセーに若いときの力みなぎる線や形と、体は衰えても心が成熟に向かうときの作品に優劣はつけられないと書いている。

 100歳を超えてからの文章だが、季節や自然の細やかな変化を楽しみ、慈しむ感性はみずみずしい。今月初めに老衰で旅立った。存命なら、きょうは桃紅さんの108歳の誕生日になるはずだった。

 満開はもちろん、咲き始めた桜も散りゆく桜もそれぞれいい。そんな心持ちで眺めれば、いつか桃紅さんのような心の成熟に近づけるかもしれない。