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 ちょうど20年前、東京都内で赤崎勇さんに取材した。母校である鹿児島二中(現甲南高)の同窓会の席で、かつての級友らは思い出話に花を咲かせ、「赤崎はビンタ(頭)が良かった」と口々に語った。

 講演した赤崎さんは、ポケットから取り出した小型の懐中電灯で辺りを青く照らした。「これが私が世界で初めて発見した青色発光ダイオード(LED)です」。訃報に接し、青色LEDの可能性について熱弁を振るった姿が浮かんだ。

 今でこそスマホやパソコンのバックライトなどに利用され、暮らしに溶け込んでいるが、当時は信号機で使われ始めたばかりでなじみが薄かった。ノーベル物理学賞を受賞したのは、それから13年後である。

 赤、緑、青の光の三原色のうち、青は実現していなかった。20世紀中の開発は不可能とまで言われていた技術である。それでも「われひとり荒れ野を行く」の心境で研究に打ち込み、後に「不屈の研究者」の異名を取った。

 大量生産の技術を開発した中村修二さんも同時にノーベル賞を受賞した。「商品化したのは彼だが、発見したのは私」。その言葉には研究者としての強い自負が込められているように感じた。

 「夢は必ずしもかなうものではない。しかし夢を追い続けることが大事だ」。享年92歳。コバルトブルーの光は、次代を担う若者が進むべき道を明るく照らしてくれるに違いない。