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 NHK連続テレビ小説「おしん」の主人公は晩年、商売が成功し豊かな生活を送るようになる。苦労の連続だった半生を経て迎えた老後は幸せなはずである。

 だが、老いたおしんは「大事なものをたくさん忘れてきてしまった」とつぶやく。物語を生んだ橋田寿賀子さんは「戦争を体験した私には、高度成長が怖かった。身の丈にあった幸せがあることを伝えたかった」と振り返っている。放送された1983年は日本が経済大国にのし上がっていく時代だった。

 20歳で終戦を迎えた橋田さんにとって、青春時代の戦争体験が脚本家としての原点だ。幼いおしんが脱走兵から与謝野晶子の詩「君死にたまふことなかれ」を教えられる場面がある。苦楽を共にしたおしんの長男が戦死したシーンも印象深い。

 シリーズを重ねた「渡る世間は鬼ばかり」は橋田ワールドの集大成だった。生きることの楽しみ、悲しみ、怒りを役者泣かせの長いせりふでお茶の間に届けた。

 特に介護や嫁しゅうとめなど女性を取り巻く身近な問題を大切にした。家族の絆とは何か。そんな素朴な問いについて、平易な言葉で表現し続けたことが、世代を超えて多くの人の心をつかんだに違いない。

 社会の動きにアンテナを張り、新聞の投稿欄が脚本のヒントだったという。コロナ下の今ならどんな作品を描いただろう。希代の物語の紡ぎ手は95歳で鬼籍に入った。