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 老人がやけどの痕を見せながら子どもに言う。「沸騰したお湯に手を突っ込むとこうなる」。痛々しい傷痕を目の当たりにした子は決して同じことはしない。

 だが、話だけ伝え聞いた子は「本当にやけどするのか」と手を突っ込むかもしれない。保阪正康さんが半藤一利さんとの対談で語っていた例え話である(「ナショナリズムの正体」)。昭和史研究に傾注した作家2人は、教訓を伝える難しさを痛感していたようだ。

 今の子どもたちは戦争をどう捉えているのだろうか。鹿屋市教育委員会が全国の小中高校生から募った作文集「平和の花束2020」を読む限り、真剣に向き合う姿が頼もしい。

 新型コロナ下で恐怖と我慢の日常を経験し、戦時中の暮らしを少し具体的に想像できるようになった小学生。特攻をアメリカ側から描いた動画を見て、米兵が味わった恐怖や失われた命に思いをはせた中学生。歴史を語り継ぐ責任への自覚をにじませた作品もある。

 保阪さんは戦場や空襲でひどい目に遭った自分たちの被害だけを言い立てる「イヤだイヤだ反戦」では不十分だと言う。加害者としての日本、いわばやけどを負わせた側からも戦争を考える大切さを訴える。

 8年目の平和の花束事業は、今年も作文を募集している。子どもたちが史実に触れ、自分の言葉で平和への思いをつづるとき、確かな教訓が胸の奥に刻まれるはずだ。