( 4/26 付 )

 逃げ場を失った鳥が懐に飛び込んでくれば、猟師もこれを撃ちはしない。窮地に陥った人に頼られたとき、事情はどうあれ救いの手を差し伸べたくなるのは、人の情というものだろう。

 鹿屋市大姶良町の永田良文さんは60年ほど前のある朝の光景が頭から離れない。目を覚ますと玄関先に見知らぬ男が立っている。対応に出た祖父を見るなり男は土下座して頭を地面にこすりつけた。

 「警察に追われている。助けてください」。中学生だった良文さんはただ恐ろしかった。祖父も驚いた様子だったが、じっくり話を聞いて何か語りかけている。そして、警察に通報したという。

 忘れられないのはその後の出来事だ。駆け付けた警察官に連行される男の肩に、祖父は「これを着て行きなさい」と自分の背広の上着を掛けてやった。ためらいもなく一張羅を差し出したものだから、家族みんなあっけにとられた。

 この祖父とは、戦中戦後に鹿屋市長を務めた永田良吉さんである。海軍航空隊基地やハンセン病療養所「星塚敬愛園」の誘致で鹿屋市史に名を残す。情に流されて犯罪を見逃すことはなかったが、背広のプレゼントは良吉さん流の窮鳥への情けだったに違いない。

 鹿屋市の今に至る基盤を築いた業績に加え、情に厚く、私欲を排した立ち振る舞いで市民に慕われた先人から学ぶことは多そうだ。良吉さんが没して来月で50年になる。