( 5/11 付 )

 自宅で担任の教師と向き合うのは、照れくさい特別な時間だった。年度初めの家庭訪問のことである。昭和の頃、母が念入りに掃除し、茶菓子や吸い物を準備していた姿を覚えている。

 ようやくわが家にたどり着いた先生の恐縮した面持ちを見て、教室では味わえない親近感を抱いた。こちらも親には普段見せないよそ行きの顔で応じた。菓子に手をつけずに先生が帰ると、子ども心ににんまりした。

 <トイレにも花置く家庭訪問日 新勝庵>。数年前の南日柳壇にあった。保護者にとっても、担任と初めて顔を合わせる特別な日だったが、コロナ禍も相まって様変わりしている。

 鹿児島県内の学校では感染防止との両立に心を砕く。教師が玄関先で距離を保って話を聞いたり、学校での面談に変更したりしている。時間も短縮せざるを得ず、やむなく中止した例もある。

 最近は共働き世帯が増え、プライバシー意識も高まっている。多忙な教育現場の働き方改革で教師の負担を減らすため見直す動きもあると聞く。こうした傾向にコロナ禍が拍車を掛け、学校と家庭の距離が広がってはいないだろうか。

 家庭訪問には、生活環境や自宅の位置を把握する目的がある。保護者と担任が信頼関係を築く第一歩でもあろう。このような機会が減っている今だからこそ、子どもの心の叫びを受け止めるアンテナの感度を高めることが欠かせない。