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 1974年、月刊誌「文芸春秋」に載った「田中角栄研究-その金脈と人脈」への反響は当初、決して大きくはなかった。外国人記者クラブの首相記者会見で取り上げられたことで金権批判に火が付いた。

 執筆した立花隆さんは当時、フリーで取材活動をしていた。出版社のスタッフ約20人と政治資金収支報告書や登記簿を徹底的に調べ、それを基に関係者から話を聞き出す。客観的事実を積み重ねる手法で資金の流れを解き明かした。

 もじゃもじゃ頭でサファリジャケットを羽織った飾らない風貌が印象に残る。声を荒らげることなく、時に笑みを浮かべて論理的に語る口調は、最高権力者の金脈問題を追及し退陣に追い込んだすごみを感じさせた。

 「一番好きで、得意としているのは、知の世界の全体像を書くこと」と言った通り、政治評論のほか、宇宙や脳、サル学など幅広い分野を手掛けた。まさに「知の巨人」と呼ぶにふさわしい。

 臨死や神秘体験など際どいテーマにも積極的に取り組んだ。オカルト主義と批判されても科学的な視点から論じ通したのは「ひたすらよりよく知ることだけを求めて人生の大半を過ごしてきた」証しにほかならない。

 4月30日に亡くなっていたことが分かった。「生命の大いなる環」に入りたいという遺志を反映して「樹木葬」に付された。80歳。膨大な著作とともに深遠な思想を残し旅立った。