( 6/26 付 )

 関東一円で1933(昭和8)年、空襲を想定した軍の演習があった。これを公然と批判したのが、信濃毎日新聞で主筆を務めていた桐生悠々である。「関東防空大演習を嗤(わら)う」と題する社説を掲載した。

 東京の空に敵機が侵入した時点で敗北であり、演習など意味がない。そうなる前に撃退すべきだ-。こんな趣旨だったが、軍部の怒りを買う。組織力を誇る在郷軍人会から不買運動の脅しを受け、退職に追い込まれた。

 権力が言論を締め付ける。香港で今、同じ構図が再現されている。中国政府に批判的な論調を貫いた新聞「蘋果日報(リンゴ日報)」が廃刊した。創業者、編集長、主筆らが相次いで逮捕され、社の資産も凍結されて生命線を断たれた。

 外国勢力と結託して国家の安全を脅かした香港国家安全維持法違反の容疑だという。意に沿わない報道を許さない習近平指導部の強権に萎縮、迎合した香港政府が、法を恣意(しい)的に運用しているようにしか見えない。

 最後の紙面を作る社屋の周辺には市民が集まってエールを送り、販売スタンドには長い行列ができた。「香港人の心の声を伝える新聞が欲しいだけだ」との言葉が胸に刺さる。

 新聞社を去った悠々は雑誌「他山の石」の発行を始める。言論弾圧はいつの時代もどこの国でもあり得る。人ごとと思っていては、いずれ痛い目に遭う。誌名はそんな暗示に思えてならない。