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 人がトラに変身する話といえば、中島敦の短編小説「山月記」である。舞台は唐の時代の中国。主人公の李徴は難関試験に合格して高級官吏の地位を得ながら、上下関係を嫌って官を退く。

 詩作に専念するが、一向に芽が出ない。貧窮に耐え切れず地方官吏の職に就くと、かつての同輩ははるか高位に進んでいる。傷ついた自尊心と詩作への未練に苦しみ、ある夜、闇の山に走り去る。

 自己評価と現実の落差に直面し、挫折を味わったことのある人は少なくあるまい。過剰な自意識を持て余すのは青年特有の心理かもしれない。だが、ともに28歳の経済産業省官僚2人の心の内は理解しづらい。

 コロナ禍にあえぐ中小企業を支援する家賃支援給付金を不正受給したとして、詐欺容疑で逮捕された。金の大半はブランド品などの支払いに充てていたらしい。公務員の職業倫理もさることながら、人としての良心を問うてみたい。

 2人は国家公務員総合職試験の合格者、いわゆるキャリア組で将来の幹部候補だ。近年受験者が減り“広き門”になりつつあることとは無関係だろうか。日本の官僚機構の中枢を担う人材の質の低下が、取り越し苦労ならいいが。

 トラに姿を変えた李徴は、遺作の記録を涙ながらに旧友に頼む。痛々しく悲しい場面だが、困った人の救済金の横取りに策略を巡らしたエリートより、よほど上等な人間の姿に見える。