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 強かった。霧島市役所の会議室でテレビ中継に見入っていた地元後援会の10人余りにどよめきが走った。東京五輪の柔道女子78キロ級決勝で濵田尚里(しょうり)選手の金メダルが決まった瞬間だ。

 決勝では因縁のライバル、フランスのマロンガ選手を狙い澄ましたように抑え込み、鮮やかな一本勝ち。寝技と言えば濵田、濵田と言えば寝技-の期待に応えた。

 国分西小学校4年生の時に柔道を始め、国分南中学校までは県大会止まりだった。鹿児島南高校で寝技を身に付け、全国高校総体では準優勝に輝いたものの、大学、自衛隊入隊後も注目されるアスリートとは言えなかった。

 陸上自衛隊国分駐屯地勤務の谷口忍さんはスポーツ少年団の頃から成長を見守った。自衛隊入りも後押しした。「器用じゃないから、とにかく反復、反復。そこから一撃必殺の武器を生み出すしかなかった」。

 後援会は数日前から等身大のパネルを作り、国分の街に横断幕を掲げて大舞台での活躍を祈った。後援会長の後庵博文さんは昨年末、「金メダルを目指します」と色紙に書いてもらった。「信じていた」と涙をにじませた。

 五輪初出場の30歳。柔道日本代表の最年長だ。以前本紙取材にコーチは「とことん努力できるという点で才能ある選手」と答えている。試合中、ほとんど表情を変えなかった遅咲きの花がインタビューでようやく見せた笑顔がまぶしかった。