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 1964年の東京五輪は名だたる作家らが観戦記を残している。スポーツ論も多く著した三島由紀夫は快晴、満席の開会式を見て「やっぱりこれをやってよかった」と評した。

 戦争の影響で返上した「幻の五輪」以来のしこりが解放されると考えたようだ。大成功の印象が強い大会だが、巨費を生活向上に回すべきだといった反対論も根強かった。

 新型コロナ下の現在はどうか。開催に厳しい世論は前回に通じる。観戦はテレビ越しながら、明暗問わず日本選手の躍動ぶりに心を揺さぶられるのも同じだろう。しかし、その余韻が続かない。「過去最多」が繰り返される感染者数が現実に引き戻す。

 人類の祭典と緊急事態宣言が同居する東京には奇妙な光景が広がる。象徴的なのはお台場に設けられた聖火台である。見てもらうための存在なのに周囲には観覧自粛の看板が立つ。大会を盛り上げたい本音と感染防止の建前がせめぎ合っているようだ。

 目の前で開かれている五輪の雰囲気を少しでも味わいたいと人々が訪れるのは無理もない。感染対策に努め、直行直帰する家族連れもいよう。開催を強行したからこその「人流」であり、飲み歩く人たちとは一線を画す。

 前例のない五輪はどう評価されるだろう。一人でも多くが「やってよかった」と思えるための妙案はないか。ワクチンの普及を待つ以外に打つ手がないのがもどかしい。