( 8/12 付 )

 東京五輪の閉会式で懐かしい歌声が流れた。坂本九さんの「上を向いて歩こう」。当人の音声だったそうで、「ふーへーほーむーふーひーて」と独特の節回しをまねて歌った幼い頃を思い出した。

 作詞した永六輔さんは初めこの歌い方が気に入らなかった。「絶対ヒットしない」と断言したというが、曲名を「スキヤキ」と変えて売り出した全米チャートで1963年、アジアの歌手で初の1位を獲得し世界的なヒット曲となった。

 苦難に直面した時、多くの人が口ずさんできた曲である。東日本大震災後は復興ソングとされ、新型コロナ下の今は動画サイトに盛んに投稿されている。異例の状況で開かれた五輪の締めくくりにぴったりの曲だったのではないか。

 歌を聴くと「九ちゃん」の愛称で親しまれた人懐っこい笑顔がよみがえる。この曲のほか「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」などヒット曲を歌う声は活力に満ちた高度経済成長期の日本を象徴するように明るい。

 テレビ番組の司会などでも活躍していた85年8月12日、群馬県の御巣鷹の尾根に墜落した日航機に乗り合わせ、犠牲になった。生きていれば今年80歳というから時の流れは早い。

 妻で女優の柏木由紀子さんは、この36年を顧みて「明日は何が起こるかわからない。今を大切に」と近著に記す。先行き不透明な昨今、往年の名曲は前を向いて歩く力になる。