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 <自分の名前はとても大事/なぜかというと親からもらった/さい初のプレゼントだから>。本紙「子供のうた」に先日掲載された詩だ。健やかな成長を祈って名付けた日を思い出した人もいるだろう。

 福岡市の福岡城跡にある陸上競技場は、「平和台」の名を持つ。かつては野球場もあり、プロ野球チームの本拠地にもなった。1948年の福岡国体の会場として整備され、準備委員長を務めた岡部平太が命名した。

 太平洋戦争後、城跡は連合国軍総司令部(GHQ)が接収していた。米国で科学トレーニングを学んだ岡部は「戦争は終わった。ここをスポーツのピースヒル(平和の丘)にしたい」と返還を求め続け、GHQを動かした。

 岡部の出身地・福岡県糸島市の広報紙などによると、背景には深い悲しみがあった。長男平一は45年4月、鹿屋航空基地から特攻出撃し、与論島東方で戦死した。22歳だった。「平和台」には一人息子への鎮魂と不戦の誓いが込められている。

 きょうは76回目の終戦の日。犠牲者一人一人の名前にも、親の願いが託されていたはずだ。かけがえのない人生を断ち切った戦争の悲惨さを改めて思う。

 岡部は数々の名ランナーを育て、66年に75歳でこの世を去った。陸上競技場ではこの夏も高校生らが練習に励む。一角に立つ胸像は、スポーツに青春をかける若者たちを目を細めて見つめているようだ。