( 8/22 付 )

 久しぶりに訪ねた枕崎で、手作りのつけ揚げを売る店を見つけた。注文した品が油に放り込まれ、漂う香りに腹の虫が騒ぎ出す。本場鹿児島ならではの楽しみである。

 冷めてもおいしいが、揚げたてはやはり格別だ。作家の向田邦子さんも鹿児島市の暮らしでこの味に取りつかれたらしい。通っていた山下小学校の帰り道に寄った店の様子をエッセー「薩摩揚」で魅力的につづっている。

 油に浮かべた魚のすり身が、金色の泡を立てていったん沈み、見事な揚げ色がついて浮いてくる様子を表現した。「香ばしい匂いと手ぎわのよさに酔いながら見あきることはなかったが、見物はいつも私一人だった」と続く。

 向田さんが鹿児島で暮らしたのは小学生時代のわずか2年余りである。その間に家族だんらんの時を過ごし、級友たちとさまざまな経験をした。書き残した多くのドラマや小説の原点をたどると当時の体験に行き当たると自ら記す。

 とりわけこの地で育んだ食への関心は強かった。オムレツ、のり弁、豚鍋…。作品に登場する料理の描写はどれも生つばが出てくるほどだ。食通が高じて小料理屋も出した。

 彼女が愛したつけ揚げや料理の店がコロナ禍で苦境に立たされている。鹿児島市平之町の居住跡地に供えられた花を眺めながら考えた。生きていれば、今の姿をどう描いただろう。きょうは没後40年の命日。木槿(むくげ)忌と呼ぶ。