( 8/29 付 )

 夏の夕日を浴びてレーサーと呼ばれる競技用車いすが次々に駆け抜ける。深い前傾姿勢のため表情は見えないが、たくましい上腕が躍動していた。西之表市で1999年に始まった車いすレースの風景である。

 給水係はボランティアの高校生が務めた。スピードが落ちる上り坂で並走し、希望を聞いて首や背中に水をかける。難しい役割を果たし、ゴールした選手らと談笑する姿が印象に残っている。

 種子島サンセット車いすマラソンは、離島の事情もあって参加者やボランティア集めの苦労が絶えず、台風の影響で中止された6年前が最後となった。残念だが、高校生らには忘れられない貴重な経験になったに違いない。

 東京パラリンピックは原則無観客で開かれ、観戦できるのは首都圏の一部児童生徒に限られている。選手を迎え入れて交流する「共生社会ホストタウン」には龍郷町などが名乗りを上げていたが、新型コロナ感染拡大の影響で直接触れ合う機会も失われてしまった。

 だが、テレビ越しでも伝わるものがきっとある。2004年の種子島大会に参加した土田和歌子選手も注目の一人。きょうトライアスロンに初出場し、1週間後のマラソンとの二刀流に挑む。

 当時、土田選手にサインをねだった種子島の子どもたちもどこかで応援するだろう。そして、たゆまぬ努力と挑戦を続ける姿勢に再び刺激を受けることになる。