( 9/10 付 )

 小舟で一人、巨大カジキを仕留めようと闘う漁師がふと空を見ると、羽毛に似た巻雲が走る。「九月の高い空」の表現に、季節はちょうど今ごろだと気づいた。

 米作家ヘミングウェーの「老人と海」を、昨年出た新訳で40年ぶりに再読した。老練の漁師は釣り綱に止まる小鳥に「いくつだ?」と年を尋ね、手こずる獲物に「どんな気分だ、魚よ」と呼び掛け、「あの子がいてくれりゃ」と相棒の少年を思い弱音を吐く。

 荒くれた従来のイメージと違い、新たな訳者が描く老人はナイーブで、老いて疲れた自分への独り言が印象深い。「いまはツキに見放されているだけだ。でも、わからんぞ。きょうこそ運の潮目も変わるかもしれん」

 現代にも響く言葉のはずだが、新型コロナが繰り返す高波は潮目の変化への期待まで奪うのか。昨年の自殺者は前年比912人増の2万1081人に上った。前年を上回るのは11年ぶりという。

 男性は11年連続で減っているのに、女性だけ増加に転じたのが気がかりだ。コロナ禍の打撃が大きい飲食業などに携わる非正規労働者が多く、しわ寄せを受けやすい。職を失えば精神的にも追い詰められてしまう。

 きょうから自殺予防週間。悩む人に助け舟を出し、命綱をもう一度つかんでもらえる社会でありたい。「人間ってやつ、負けるようにはできちゃいない」。老漁師の独り言には、こんなのもある。