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 ニューヨークと聞けば自由の女神像、パリならエッフェル塔を思い浮かべる人は多いだろう。いずれも百数十年前に造られ、長い年月とともに街のシンボルとして浸透してきた。

 世界的に有名とはいかないが、鹿屋市祓川地区を象徴するのは何といっても大園橋だ。1904(明治37)年、鹿屋と高隈、輝北方面をつなぐ街道と交わる肝属川に架けられた二連アーチの石橋である。

 現在の国道は隣のコンクリート橋を通り、石橋は現役を引退してのんびり暮らすご隠居さまといった風情がある。光の当たり具合で赤みがかったり、黒ずんだりして見える石肌が田園風景に豊かな表情をもたらしている。

 だが近い将来、姿を消すかもしれない。昨年7月の豪雨で付近が床上浸水する一因になったとして、地元町内会が市に移築を要望した。撤去となれば市有形文化財の指定解除が必要で、市文化財保護審議会が是非を検討することになった。

 最新の土木技術があれば現地保存と防災を両立できるのではないか。そんな思いは消えない。一方で、過去に経験したことのないような豪雨が各地で相次ぐ昨今の気象を考えれば、住民が不安を募らせるのもよく分かる。

 日露戦争勃発の年に誕生してから117年、その姿は多くの出身者の心に古里の原風景として刻まれてきたはずだ。かけがえのないシンボルを次の世代に残せないとすれば寂しい。