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 自民党総裁に選ばれた岸田文雄さんは、「戦う時には勝たないといけない」と胸に刻んできた。2000年11月、党内の権力抗争が表面化した「加藤の乱」の経験があるからだ。

 非主流派だった「宏池会」会長の加藤紘一氏が、当時の森喜朗首相に公然と退陣を迫った。衆院議員3期目の若手だった岸田さんも血判状をしたためて行動を共にしたが、党執行部の切り崩しに遭って結局、腰砕けに終わった。

 その教訓で何かと慎重さを信条としてきたが、ともすれば押しが弱いと映ることもある。早くから総裁候補と目されながら、迫力不足を指摘されてきた。「次の首相」にふさわしい人を尋ねる世論調査でも4番手か5番手といったところだった。

 そんな岸田さんが今度は勝機ありと見たか。実力者の二階俊博幹事長が在職日数の歴代最長を更新する中、党役員任期制を掲げ、いち早く総裁選に手を上げた。当選を決めたのは「一皮むけた」結果と見る向きもあるだろう。

 リベラル色の強い宏池会の会長として宮沢喜一氏以来の首相になる。選挙区が広島で核軍縮に取り組んできた。政界随一の酒豪として知られ、外相だった当時はロシア外相との会談の際に相手方と酒量を競い合ったとの逸話もある。

 今後は慎重さと決断力が求められる立場である。総裁選で誰にも負けないと強調した、人の話を「聞く力」がその助けになるはずだ。